1949年(昭和24)、群馬県岩宿遺跡のローマ層に調査の鍬が入れられ、日本列島にも旧石器(先土器)文化の存在することが確かめられた。
白滝村で発見される黒曜石製の大量の石器、或いは大形の石器が、ヨーロッパの「旧石器」に類似するとして一部の人々に注目されていた。
残念ながら、旧石器と特定されるまでには至らず、正当な評価を受けるのはなお時間を費やすことになる。
遠間栄治と松平義人
白滝での発見史を紐解くとき、遠軽町在住の愛好家・遠間栄治の名を忘れることはできまい。

そもそもの発見は、彼によるものであり、熱心な石器の収集活動ははるか以前に始まっていたのである。若い頃から郷土史に関心を寄せていたと遠間は、遠軽町役場に勤めて間もなく、私設の郷土博物館を建て、湧別川流域で集めた黒曜石製の大形石器、石刃核など3.000点の資料を展示している。昭和5年のことである。
特別な関心を抱き、東京と北海道の間を教師として行き来していた好事家の松平義人の役割も大きかったことも知られている。









北の黒曜石の道・白滝遺跡群(木村 英明著)
